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      研究ノート「都市のインテリア」  
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007 「木陰の商売」 Business under the shade of tree      

 カフェの売れ筋はオレンジジュース  
■プロローグ
 木陰伝いに歩ける、サイクリングできる、とても幸運な都市空間が広島市にはある。私が気が付いたのは三年前、腰痛退治のために太田川上流の、河川敷ゴルフ場がある辺りの土手を巡るサイクリングを始めたが、やがて脚力がついて平和公園まで足を延ばした-と書くと穴場みたいだが、知る人は知っていた。太田川河岸緑道がそれ、朝夕は自転車通勤通学で混みあっている。
 Green corridor
緑の回廊(と呼ばれている)の終点に、このカフェ・レストランがある。リバークルーズの乗り場を兼ねた特別許可のもとでの営業だと思われるが、木陰のソフトクリームには抵抗し難く、折角サイクリングで絞ったカロリーを補充してしまった。炎天下の8月、木陰に逃げ込む観光客とスズメ(コーン屑を狙っている)で、カフェはほどほどに混んでいた。価格設定は少し高め、木陰の家賃はタダではない。
           
 
 この写真はネットからお借りしました。
   これも借りもの

■木陰の家賃
 -ではなくデータ、20年前に「木陰の研究」に熱中したことがある。私の本来の研究テーマはデザイン系、なぜ環境工学系に首をつっこんだかというと・・・話が長くなるので別の機会に*1。広島市が誇る緑の回廊の環境性能を「木陰環境学」の視点から評価してみよう。

 日射研究の必需品、表面温度計というノーベル賞ものの計器*2を買い求めた。最初に測ってみたのはもちろんゼミ生のオデコ、平熱を確かめて平和公園に出かけた。まず目に入ったのが炎天下の無人ベンチ。木、石、アルミベンチと色々あったのでゼミ生にクイズ「一番熱いのはどれ?」。全員アルミベンチと答えた。しかし実際に表面温度を測ってみると予想とは見事に逆、木のベンチが最も熱く、表面温度は50℃超、次が石、アルミはまったく熱くなかった。日射が当たるベンチの表面温度はまず最初に日射吸収率(アルミは0.4、木は0.9)で決まる。続いて物体内部への熱の浸透度、熱伝導率が後を継ぐ。最後に裏面からの熱放散で冷やされる。つまり高断熱材料ほど表面温度が高くなるわけである。アルミは熱伝導率が高くベンチの裏面温度が表(おもて)面温度と同一なので両面から熱を放散し、熱くなるヒマがない。      


   アルミのベンチ


*1
 環境工学は以前は計画原論と呼ばれ、デザイナーのすぐそばにいた。今は専門深化した分縁遠くなったので、自分でやってみようと思ったわけです。

*2
 黒体からのふく射されるエネルギー密度の波長分布に関するプランクの公式(1900年)を導いたドイツの物理学者マックス・プランクは、後にノーベル賞を得た-とか。


  さて今は木陰の話、木の葉はベンチ3例のどれに似ているか。木の葉だからうっかり木のベンチを連想するが、実は、座板の両面から日射受熱量熱を放散するアルミベンチが、モデルとしては最も近い。そこでアルミ表面を塗装して日射吸収率を似せたダミーリーフと本物の木の葉を日射にさらして表面温度を比べてみると、表面温度は限りなく同一、巷でよく言われる蒸散効果はまったく認められなかった。よく考えてみると、葉っぱが自分のために氣孔を開いて貴重な水分を消費したりはしないのでは。葉っぱの替えはいくらでもあるし、大体、50℃超でも葉っぱは平気であった。      

 木の葉の日射遮蔽効果の根拠は一義的に、日射を熱量に替え熱伝達とふく射によって大気に放散するブラインド効果であると言える。平和公園のケヤキやクスノキはいわばブラインドの重ね着、うす暗い林の中の地面や幹の表面温度はすべて気温と同じ34°を示していた。つまり日射による「焼け」はゼロ、換気量無限大の環境であれば、34°でも体温より低いのだから快適に過ごせるのである。ベンチで昼寝している人もいた。慎重な鳩は林の中のブッシュの下で憩っていたので、ちょっとお邪魔して土の表面温度を測ってみると、そこはまだ夜間の冷気を残していた。なるほど、鳩はよく知っている。   

■木陰曲線
 木陰の大きさは樹種で違うし、時刻にしたがって移動する。そこで、建物の影を吟味する日影曲線に倣って、木陰曲線を描いてみた。日影曲線の目的は6時間日照の確認であるが、6時間木陰は可能だろうか。






こちらはラム沿いの緑道
 上記の例は樹径樹高共に8mの樹木がつくる夏至期の木陰曲線である。ケヤキ、クスノキはもう一回り大きく高いグループになる。このプロポーションの樹形の場合は、6時間日影はゼロ、ブッシュか「これは何の木」以外は、単独の樹木に木陰を期待しても無理である。恒常的な木陰は列植によってのみ得られる。南北に流れる太田川河岸緑道では、片側並木の場合は半日木陰が、両側並木の場合は前日木陰が保障される。先ほどのカフェの場合は残念ながら木陰は午前中だけ、午後は自前の日除けテントが頼りである。

■樹木の日照透過率
 ところで、気温34度の公園を快適と感じさせる樹木は、どれくらいの日射を遮蔽できるのだろうか。その時はまだ日射計を入手していなかったので、照度計を使って昼光率を測る要領で全天空照度との照度比(日射透過率)を測定してみた。

 ケヤキの測定例では日射透過率は0.7、葉が密生していてすき間は見えないが、反射光が多く含まれるのだろうか、案外木漏れ陽が多い。この数値はクスノキ、エノキ、サクラ共に同じである。公園には葉層の厚さが1mに迫る藤棚があるが、この下の日射透過率は0.0053。反射光もシャットアウト、もし公園が全面藤棚であったら真っ暗になろう。しかし、日射を3割カットしただけで、公園はなぜ涼しいのか。ウチの家は暗いけど暑いぞ、と思われる方が多いはず。      


   クリック
■公園は涼しいのに我が家はなぜ暑いか
 理由ははっきりしている、あなたのお家の場合、天井の表面温度が体温より高いからである。断熱材の目的は熱伝導抵抗を大きくすること、つまり熱の浸透スピードを遅らせているだけであって、時間がたてば結局熱は浸透し天井温度は上がる。そのうちに夜が来て冷却されることを期待しているのであるが、熱帯夜が常態の昨今、実情はどうだろう。
 ここで最後に残る木陰のナゾ、木漏れ陽が70%もあったのになぜ暑くなかった?。それは木陰の地面がまだ熱くなっていなかったから。地面は地球の一部、熱容量が圧倒的に大きく、正午前後の時刻ではまだ夜間の放熱効果が残っていたのではないか。巷の理論ではコンクリートが都市環境を悪く(暑く)したというが、コンクリートが日夜の温度変化の安定化に役立っていることは確か、木造都市江戸の町は、夜が涼しい代わりに、昼間はさぞかし暑かったはず、ちょうど砂漠*3のように。


■木陰から学ぶ
 一枚の木の葉はアルミベンチと似ているが、木陰全体で見ると、日射熱を頭上に置き去りにして人が住む場所に伝えない-という意味では、木のベンチに似ている。どこかを涼しくしようとすれば、どこかを暑くしなければならないのがエネルギー不滅の法則、プラスマイナスゼロが行き交いする間(はざま)のわずかな利得をねらって身を処する快感を、木陰は教えてくれる。大切な平和遺産の木陰、席料を払って味わってみてください。      





*3
 空気を含む砂漠の砂は高断熱材、日中の表面温度は70℃に達するはず。しかし20cm下には生物が昼寝、夜涼しくなると地表に出て、活発な生命活動を繰り広げているとか。
   
  




        

木陰の冬

            日本インテリア学会中国四国支部