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エコデザイン
スリッパとフローリング 
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- - - Aug./2000
佐々木ひろみ
松山東雲短期大学

■エッセイ to indexes

 秋は行楽シーズンである。旅先のホテルや旅館で宿泊する場合、旅行カバンの中に、スリッパを入れて行く人は、めったにいない。
 ところが、海外旅行に出かける場合は、話が違う。ガイドブックには、着替えの洋服や下着同様、スリッパを携行品として明記してある。海外旅行品を扱う店では、半分に折りたためる形態スリッパが売られているくらいなのだから。
 わたしは、海外旅行にはスリッパを携行するが、国内旅行のときは、意を決してスリッパを置いて行く。水虫やあぶら足の、見ず知らずの人がはいたスリッパの感触が浮かんで、一瞬、迷ったりするのだが。旅行カバンの中は、重たい本、化粧品やヘヤドライヤーほか、女の七つ道具でいっぱいになるからである。
 欧米のホテルにスリッパが用意されていないのは、スリッパがパーソナルな用品だからではないかと思う。あちらの住宅においては、上下足の区別がなく、寝室まで靴をはいて入る。特に女性は、人前で靴を脱がない習慣がある。自室でくつろぐときは、室内ばきを着用する。欧米の人にとって、スリッパは室内ばきのバリエーションなのかもしれない。人の室内ばきを共用しないのと同様に、あるいは、人の靴下を共用しないのと同様に、スリッパも人と共用する物ではないようだ。
 では日本のホテルや旅館のスリッパは、一体どのように考えればよいのか。さらに、我が国の住宅の中で、今や必要不可欠な物と化してしまったスリッパの氾濫を、どうとらえればよいのか。
 氾濫という言葉は大げさではない。来客がさほど多くもないわが家の、客用スリッパの数を確認して、驚いてしまった。夏用、冬用、色別、素材別、しめて十足近くあった。物は場所を取る。玄関の履物入れに納まらず、スリッパラックがさらに場所をふさいでいる。
 伝統的な日本の家屋では、スリッパは不要であった。板の間も畳の部屋も、素足、足袋、靴下のまま、出入りしていたのだ。唯一の例外は便所かもしれない。そこには専用の草履が置かれていた。これは日本人の不浄観からか。
 スリッパの氾濫は、住宅の洋室化傾向と関係していると思われる。じゅうたんやフローリングを、汚さないためなのか。足を汚さないためなのか。ここには、日本の気候風土や、日本人の潔癖感が関係している。さらに日本の住宅水準も。つまり、住宅に床暖房が完備されるようになれば、スリッパの使用は減るはずである。ただし、エネルギー消費の面での是非は、別問題であるが。
(愛媛新聞「四季録」'98.11.5)から転載)
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日本インテリア学会中国四国支部